「伝書鳩」と言われて気づいた。調整役と伝言役は違う

以前、仕事の進め方について同僚から「伝書鳩になっている」と指摘されたことがあります。

当時の私は、

「○○さんがこう言っていました」

「○○部署からこう聞いています」

と、人から聞いた情報をそのまま別の人へ伝えることがありました。

必要な情報をきちんと共有している。

自分としては、仕事をしているつもりでした。

でも、その指摘を受けて考えてみると、そこには大切なものがありませんでした。

「では、自分はどう考えるのか?」

という視点です。

情報を伝えるだけなら、自分でなくてもいい

もちろん、正確に情報を伝えることは大切です。

しかし、私に判断や調整を期待されている場面でも、

「Aさんはこう言っています」

「Bさんはこう考えているそうです」

と伝えるだけになっていました。

そこには、自分の意見も判断もありません。

何か問題が起きても、

「私はそう聞いただけなので」

と言えてしまいます。

振り返ると、無意識のうちに自分の発言から責任を切り離していた部分もあったのだと思います。

同僚からの「伝書鳩」という言葉で、初めてそのことに気づきました。

調整役と伝言役は違う

では、調整役には何が必要なのでしょうか。

今の私は、

情報を受け取る → 整理する → 自分なりに判断する → 相手に提案する

ところまでが仕事だと考えています。

例えば、

「Aさんは○○と言っています」

で終わるのではなく、

「Aさんからは○○と聞いています。△△という事情があるためだと思います。一方で□□という課題があるので、私は××で進めるのが良いと思います」

と伝える。

同じ情報を扱っていても、後者には自分の仕事があります。

もちろん、自分の判断が正しいとは限りません。

それでも、

「私はこう考えます」

を加えることで、相手もその意見を材料にして次の判断ができます。

これが、単なる伝言ではなく調整なのだと思います。

「自分にしかできない仕事」にする必要はない

この経験から、私は一時期、

「自分じゃなければできない仕事をしなければ価値がない」

と考えるようになりました。

でも、今は少し違います。

仕事を仕組み化して、誰でもできるようにすることにも大きな価値があります。

むしろ組織では、自分にしかできない仕事を増やしすぎると、その人がいなければ回らなくなってしまいます。

大切なのは、

自分にしかできない状態を作ることではなく、自分が関わることで価値を一段上げること。

だと思います。

情報をそのまま伝えるだけだったものを整理する。

複数の意見から共通点を見つける。

問題になりそうな部分を先回りして伝える。

選択肢を作る。

そして、自分なりの推奨案を示す。

こうした小さな付加価値なら、日々の仕事の中でも積み重ねられます。

自分の意見を持つことは、責任を持つこと

「私はこう考えます」と言うのは、少し怖いことでもあります。

間違っているかもしれません。

反対されるかもしれません。

人から聞いたことをそのまま伝える方が安全です。

でも、それではいつまで経っても判断する力は身につきません。

自分なりに考えて発言する。

違っていたら、なぜ違ったのかを学ぶ。

そして次の判断を良くする。

その繰り返しによって、少しずつ自分の仕事に責任を持てるようになるのだと思います。

過去の自分に伝えるなら

当時の自分に伝えるなら、

「調整役と伝言役は違うよ」

と伝えます。

情報を運ぶことだけが仕事ではない。

その情報を受け取った自分だからこそ、

「どう整理したのか」

「どう考えたのか」

「どうするのが良いと思うのか」

を一つ加えてみる。

いきなり素晴らしい提案をする必要はありません。

まずは、

「○○と聞いています。私は△△だと思います」

この一言からでもいい。

自分が関わったことで、受け取った情報より少しだけ価値が増えて次の人へ渡っていく。

そんな仕事の仕方を積み重ねて、

「この人が間に入ってくれると、仕事が進みやすい」

と思ってもらえる存在を目指したいと思います。

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